Richard Sharpe

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Knowledge(知識)

知らなくても済むけど、知っていればもっと納得、もっと楽しい、プラスαなミニ知識を集めてみました。

History (歴史とその背景)

年表 : 1760-1816

  英国・対仏の史実とシャープの戦い 文化と日本

1760 ジョージ3世[GEOCRGEV]即位(-1820) 1760(-86)徳川家治
1777 7(?).シャープ英国に生まれる
1783 パリ条約締結(米国の独立承認) 1783(-88)天明の大飢饉
1786(-1837)徳川家斉
1787天明の打ちこわし
1787(-93)松平定信(寛政の改革)
  ヴェルサイユ条約(英対仏)
1793 第1回対仏大同盟(-97)
1795 仏、蘭征服、英、蘭に宣戦 1796ジェンナー、種痘法発見
1798 ナポレオン、エジプト遠征(-99) 1798マルサス、『人口論』
1799 第2回対仏同盟(英・露・他)
  アイルランド反乱
1800 マルタ島占領
1801 アイルランド合併
1802 アミアンの和約(英・仏)
1804 12.ナポレオン、皇帝即位 1804露、長崎で通商要求
1805 8.第3回対仏大同盟(英・露・他)
  10.トラファルガーの海戦
1806 ナポレオンの弟、オランダ王に(-10) 1806外国船への薪水給与令発布
1808フェートン号事件
1809 1.仏ガラシア侵攻 (Sharpe's Rifles)
  7.タラベラの戦い (Sharpe's Eagle)
1810 8.アルメディアの破壊(Sharpe's Gold) 1810スコット『湖上の美人』
1811 5.Funetes de Onoroの戦い (Sharpe's Battle)
1812 1-4.Badajoz包囲 (Sharpe's Company)
  6-7.サラマンカの戦い (Sharpe's Sword)
  12.ポルトガル防衛 (Sharpe's Enemy)
1813 ヨーロッパ解放戦争 1813オーエン『新社会観』
  第4回対仏大同盟(ヨーロッパ諸国)
  2-6.Vitoriaの戦い (Sharpe's Honour)
  6-11.フランス侵攻 (Sharpe's Regiment)
  10.ライプツィヒの戦い
1814 5.ナポレオン、エルバ島に配流  
  9.ウィーン会議(-1815.6)
  仏、ブルボン朝のはじまり(-1830)
  (?)(Sharpe's Revenge)
  冬. (Sharpe's Siege)
1815 3.ナポレオンの百日天下 . 1815杉田玄白『蘭学事始』
1816英船、琉球に貿易要求
  6.ワーテルローの戦い (Sharpe's Waterloo)
  10.ナポレオン、セント・へレナに配流
  • ナポレオン (1769-1821)
    ナポレオン・ボナパルト。
    コルシカ島出身の軍人で、革命派として低い身分から立身し、地中海を支配しようとエジプト遠征に乗り出すが、翌年独断で遠征から引き上げ、軍事クーデターで政府を倒し、1804年12月2日に皇帝となった。ヨーロッパ全土をほぼ支配したものの、1806年からの大陸封鎖が裏目に出て1813年にエルバ島に配流される。
    1815年にパリに返り咲くが、同じ年のワーテルローで敗戦、退位しセントヘレナに流された。
  • トラファルガーの海戦
    1805年英国海軍ネルソンは、英本土への上陸をねらう仏・西連合艦隊を撃破。
    この戦いを機にナポレオンは制海権を失い、大陸封鎖作戦(貿易立国である英国を経済的に封じ込め、フランス産業の保護育成が狙い)に転じた。
  • ヨーロッパ解放戦争
    大陸封鎖令により抑圧されたヨーロッパ諸国と英国が共同で立ち上がった。ライプチヒの戦い(諸国民戦争)で対仏国が勝利する。
  • ウィーン会議
    ヨーロッパ解放戦争により勝利を収めた諸国が、オーストリア外相メッテルニヒを司会として戦後の秩序を大国の勢力均衡によって再建しようとした取り組み。しかし、各国の利害の対立に乗じナポレオンがエルバ島から脱出し再び帝位についたり(百日天下)して混乱し長引いた。1815年にまとめられ、このときスイスは永世中立国となる。

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